Ayurveda for your life

スリランカとLIFEとパワー

designed by Kanako Yano


#013

私とMちゃんは熊本で合流した。

まだ夏の暑さの最中の頃で、Mちゃんは宮崎でサーフィンをした後だった。日本人の伊藤修司さんが立ち上げたスリランカのアーユルヴェーダ施設 Tagiru. Ayurveda Resort *にも多大な影響を与えた宮崎は市木にある TAGIRI HOTEL  についても教えてくれた。

熊本には市電が走っており、一緒に乗った。小さな一両編成の車内の床の木が古くてとても心地よかった。

東京成田空港から飛行機に乗るのは、コロナ前の年末にスリランカへ行って以来だったのでかれこれ3年ぶりだったが

何が始まるのかわからないけれど行ってみる旅、というのはそれこそいつぶりだっただろうか。そして、そんな旅の仲間がいることも。

会ったこともないスリランカ人のアーユルヴェーダドクター夫妻に会いに行く旅。

予想外に長引いた、鬼神学の旅の始まりだった。


#014

アーユルヴェーダは世界中どの民族にもどの国にもどの年齢にも性別にも通づる、凡ゆる人のための医学と言われているが、私はなるべく日本人ではない先生から教わる、ということにちょっとだけ拘ってきた。

日本人の価値観に迎合しない、そのままの原石のようなカオスのような一次情報が知りたかったからだ。

加工されておらず噛み砕きにくく、理解しづらい。時には自身の使ってきた理解の手順を全く無視したできごとが世の中には展開されているということを感じたかった。

そんなことを平易に書いている1925年ペルーで生まれのカルロス・カスタネダという人類学者による本がある。ヤキ族の魔術師兼シャーマンであるドン・フアンの教えが描写されている(そのままのタイトルですが)『ドン•ファンの教え』という本で、ある種西洋化された近代の価値観が別の文化に出会う時の、不器用さ、傲慢さ、葛藤が、1人の青年研究者の姿を通してとてもヴィヴィッドに記載されている、魅力的な本だった。

しかしながらほんとうのことを言うと、私はこんなことを考えて熊本行きを決めたわけではない。

先生の元へ通うにつれて、私とMちゃんは徐々に混乱しはじめ

そしてこのような結論に至ったというだけだった。


#015

ルワンティ先生とへーラット先生はどちらもアーユルヴェーダのドクターで、そしてご夫婦だった。

ルワンティ先生は日本語で私たちに接してくれた。へーラット先生も日本語で私たちに接してくれた。

先生方は英語も使わなかった。

自分たちの馴染みのない言語である日本語を駆使して、専門知識を伝えるというのはどのような感じなのだろうかと思った。

言語の障壁がある分、私たちは言語ではない力を研ぎ澄ませていった。

先生方はいつも明るく、ニコニコと笑顔を絶やさなかった。

まあるい声で「そうなんですねーえ」と深く頷きながら言うルワンティ先生の口癖は心に響き、なぜだかそれを聞くといつもほっと心が緩んだ。

ゆっくりだったので気づかなかった。

ゆっくりだったので自覚ができなかったけれど

実は私もMちゃんも、ルワンティ先生とへーラット先生からブータ・ヴィディヤーを学んでいる期間の間に、実は大きく人生が変わっていた。

目の前を厚く覆っていた雲が、徐々に晴れてゆき

学びが終わる頃には、まったく新しい地平を眺めていたのだった。

幾つかのルワンティ先生の口癖が、独特の言い回しが、

ある。

その言葉はユニークで、他の誰が発しても真似できない、独特のパワーを持っている。

その言葉たちを思い出す。

言葉と、それから言葉以外のものが

私たちに浸透して、私たちは少しずつ変わっていったのだろうか。

「強くなる」ということについて

私たちは新しい知見を得た。

よくわからないけどパワーがあった、なぜだかわからないけどパワーをもらった。

私たちに何が起こったのか、これがブータ・ヴィディヤーなのか、

その続きを知りたくて、2025年がある。

明日から開講する一年間の学びを、旅の続きを、

そして新たに出会う旅の仲間を

とても楽しみにしている。

*アーユルヴェーダとは、生活全てにかかわる統合医療で、すべて体系立てられている古来からの知恵の集積です。ひとり一人に合った食養生や朝晩の過ごし方といったケアをしながら施設のなかでじっくり過ごすことで健康なからだを取り戻していく――そんな「生き物としての感覚を取り戻す」というのが、Tagiru.のコンセプト。名前は、内から力がわきあがってくる状態を表す「滾る(たぎる)」からきています。(Tagiru. HP イベントレポートより)